与党三党政策責任者各位
 
平成14年6月25日
 
「自然再生推進法」に関し充分な議論を行った上で、慎重に進めていただくことを要請いたします
 
              日本湿地ネットワーク(JAWAN)
                 代 表  辻  淳夫
 
 政府与党のみなさまには、日頃から21世紀に持続的に生存できる社会の実現に向けて、ご努力いただき感謝しています。このたび、小泉内閣の重点施策のひとつである「自然再生型公共事業」への転換に呼応して、貴与党3党が「自然再生推進法」案を準備し、今国会に提案される予定と伺っています。
 国会会期の延長もきまり、議員立法などによる早急な成立がはかられるのではないかと、私たち湿地関係のNGOの間でも関心とともに懸念が高まっています。

 自然再生は、乱開発による自然破壊の反省の中から生まれたものであり、残された自然を保全しようという課題とともに、内外でクローズアップされてきた重要な課題です。
 わたしたちも、保全の活動を原則としつつも、同時に、これまでの乱開発によって失われ、あるいは、その機能が劣化し、損なわれた湿地の修復・復元・再生の課題に大きな関心を抱いてきました。
 それだけに、推進法を制定して、「自然再生」の取り組みを本格化しようとする動きが出てきたことは、大局的には、内外の世論を反映した動きであると言えます。
 他方、自然の修復・復元・再生は、その環境が持っていた生物多様性や本来の生態系に注目したとき、その復元・再生は決して容易な課題ではありません。自然そのもの、そこに生きる生命そのもののはたらきに待つほかなく生物的時間も必要であり、人間の傲慢さを抑えた慎重な対応が必要です。

 わたしたちが取り組んでいる湿地について言えば、それが問題となる局面には次のようなものがあります。
 第1に、人工干潟の造成など、代償措置としての復元・再生が開発の口実にされている場合。
 ・沖縄の泡瀬干潟の埋立計画などがこれです。
 第2に、住民やNGOが乱開発によって環境破壊された湿地について、乱開発の見直しとともに、悪化・喪失した環境の復元・再生を求めている場合。
 ・諫早・有明海や、博多湾和白干潟・伊勢湾木曾岬などがこれです。
 第3に、行政主導で再生の名のもとにあらたな自然破壊の恐れがある事業が行われようとすることに住民やNGOが危惧感を抱き、問題提起を行って運動している場合。
 ・東京湾三番瀬の現状などがこれに当ります。

 一方では、すでに小泉内閣の「自然再生型公共事業」への転換政策によって、国土交通省,農林水産省、環境省においても「自然再生」と名づけられた事業もいくつか進められており、中には、その必要性や妥当性に疑問のあるものも見受けられます。そうした個々の事業の当否はおくとしても,現行法のもとで可能な事業に、なぜ新しい法制度が必要か、なぜ急がねばならないかも明らかとはいえませんし、これら「自然再生事業」の結果と功罪について充分な分析を行って、新しい法制度に生かすべきと思われます。

 こうした湿地の復元・再生をめぐって揺れ動いている現状を踏まえると、「自然再生」の法制化には、慎重な手続きが必要ですし、「自然再生」とは何かというしっかりした議論と、損なわれた湿地の復元(Restoration)に関する諸外国の取り組みと、次回ラムサール条約締約国会議で取り決められようとしている「湿地復元の原則と指針」(Guideline)などの国際的な到達点を踏まえた内容が求められます。
 そういう観点からみた場合、今回の法案は、手続きはもとより、伝えられている限りにおいて、内容も不十分だと言わざるをえません。
 まして、これまでの湿地破壊の最大の原因である公有水面埋立法など、乱開発を促進してきた法制度をそのままにして「自然再生推進法」を制定すれば、"壊した手で再生する"といった、破壊の原因者が、単にあらたな予算獲得の手段として事業を起こすなど、破壊と無駄の公共事業を増幅させる危険性も予想されます。

 また、この与党案には、地域の多様な主体の参画によることが骨子として挙げられていますが、そこに特定非営利活動法人(NPO)は明記されていても、非政府市民団体(NGO)はないといった点にも強い疑念が生じています。何より、そうした多様な主体の関わるものであればこそ、その制定過程に広く意見を反映させることが必要と考えますし、わたしたち日本湿地ネットワークも、全国の草の根市民活動が力を合わせて、湿地保全の共通課題を追求してきたNGOとして、自然環境の保全と再生をはかる法制度づくりに参画させていただきたいと思います。

 わたしたちは、日本の湿地における過去の開発と現状を身近に見ているものとして、その経験を踏まえて、「開発自由」から「原則保全」への法制度改革も視野において、あるべき「自然再生推進法」を求めるために、下記のとおり緊急のシンポジウムを開催することに致しました。与党のみなさま始め関係省庁の方々にもご参加いただき、全国各地の「開発」の現状と「自然再生」の事例を踏まえて、保全と修復、復元と再生のための、より良き法制度を議論するひとつの機会にしていただきたいと思います。

 どうか、与党のみなさまには、今後の日本の環境政策の柱ともなり、国民生活に大きな影響をもたらす本法案の審議は、環境アセスメント法やNPO法を制定したとき以上にしっかりした国民的議論を積み上げながら、慎重に進めていただくことを要請いたします。

以 上


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