2002年(平成14年)7月2日


自然再生推進法案に対する意見書

                                              第二東京弁護士会     
                                                    公害対策・環境保全委員会
                                                      委員長 浅井 平三  
 
一 意見の趣旨

  自由民主党,公明党及び保守党が今国会に提出予定の「自然再生推進法案」(以下「法案」という)は,その理念においては評価すべき点もあるが,法文の不備や法文上の定義が曖昧なこと等から,運用如何によっては,自然環境に影響を与える人々の活動の適切な管理及びその保全のための市民活動の促進の観点から,様々な問題があり,法の目指すところと全く逆の結果を招く惧れが高い。したがって,この法案については,今国会で可決することは時期尚早であり,継続審議としたうえ,現に自然再生推進活動を行っている者らから十分意見を聴取するなどして,法文を再検討し,かつ,その運用面において法律の理念が損なわれることのないよう,慎重に審議すべきである。
  以下,法案の概要を整理した上で,特に重要な問題点について具体的に指摘する。

二 意見の理由
1 法案の概要

  「自然再生に関する施策を総合的に推進し,もって自然と共生する社会の実現を図り,あわせて地球環境の保全に寄与すること」(第1条)を目的とする。「自然再生」とは,「過去に損なわれた自然環境を取り戻すため」「自然環境の保全,再生,創出等をする」ことと定義される(第2条)。
  政府は,自然再生基本方針を定める(第7条)。
  自然再生事業の実施者は,地域住民,NPO,専門家及び関係行政機関等から成る自然再生協議会を組織する。同協議会は,自然再生全体構想を作成し,自然再生事業実施計画につき実施者と協議し,自然再生事業の実施に係る連絡調整を行う権限を有する(第8条)。

   実施者は,自然再生事業実施計画を作成し,実施する(第9条)。なお,維持管理については,土地所有者等に委託することができる(第10条)。
  主務大臣(環境大臣,農林水産大臣,国土交通大臣)及び都道府県知事は,自然再生事業実施計画に対し,必要な助言を行うことができる(第9条)。
  行政機関・自治体の長は,自然再生事業の実施に際し,許可その他の処分を求められたときは,当該自然再生事業が円滑かつ迅速に実施されるよう,適切な配慮をする(第12条)ほか,国・地方公共団体は,地域住民,特定非営利活動法人その他の民間の団体が実施する自然再生事業について,必要な協力をするよう努めたり(第4条),自然再生を推進するために必要な財政上の措置を講ずるよう努める(第15条)等,自然再生事業の推進に向けた規定が定められている。
  また,主務大臣による相談体制の整備(第11条)や,国・地方公共団体が,自然環境学習の振興・自然再生に関する広報活動の充実のための措置(第16条)をとることなども定められている。

2 法案の問題点

(1)取り戻すべき「自然環境」像の欠如
  法案において,自然再生とは,「過去に損なわれた自然環境を取り戻すため」「自然環境の保全,再生,創出等をする」こととされる(第2条)。しかしながら,取り戻すべき「自然環境」及び保全,再生,創出すべき「自然環境」については,何ら定義付けがなされていないうえに,いったい,いつの時点のどのような「自然環境」を措定しているのかは不明である。
  「自然の再生」において,重視されるべきは,地域の自然を構成する野生動植物の存在である。「ニホンカワウソのいる松田川」,「トキがいる佐渡の水田」というように,生物多様性の保全,生態系の機能回復といった視点なしには,取り戻すべき「自然環境」の姿は見えない。しかしながら,本法案には,野生生物保全の視点が全く欠けており,見かけだけの「森」や「湿地環境」が「再生」される危険性を秘めている。
  そもそも「自然再生」という概念そのものについて,従来の「自然環境の保全」概念との関係において,国民的議論もないまま,立法のプロセスが進むこと自体問題である。野生生物保全の視点を欠いたまま,実施者の主観により対象たる「自然環境」が恣意的に設定される惧れがある。

(2)「自然環境」を「取り戻す」計画制度の欠如
  あるべき「自然環境」が上記のように明らかでない上に,その「自然環境」をどのように「取り戻すのか」という,国土と自然環境のグランドデザインを踏まえた優先順位(絶滅危惧種の回復事業など)やタイムスケジュールを示した,自然再生事業全体に関する計画制度が存在せず,既存の国土整備や土地利用計画との連携もない。このため,各省庁,開発業者の場当たり的,独善的な「自然再生」が乱舞する危険がある。
  さらに,全体計画に基づき,地域固有の「自然環境」に即した具体的な実施計画が検討される必要があるが,法案は,各地域の事情を考慮するという視点に欠ける。これでは,たとえば,全国の川が,旧建設省により所謂『三面コンクリート護岸』に画一化され,豊かな自然が破壊されたように,全国の川に画一的な『多自然型工法』が施されかねないことは容易に予測できる。
  また,従来型の公共事業の枠内での硬直化した事業実施のスケジュール,プロセスが押しつけられるおそれがある。

(3)NPO等が主体でないこと
  法案では,「自然再生」に,特定非営利活動法人,専門家及び地域住民(以下,「NPO等」という)が参加することがうたわれている。明文上,地域住民及びNPOが実施者となることは排除されていない(第4条)。
   しかし,NPO等が「実施者」となることは基本的に想定されておらず,むしろ公共事業の主務官庁に限定する趣旨とすら理解できる。すなわち,第5条において,実施者としてカッコ書きで「河川法,港湾法その他の法律の規定に基づき自然再生事業の対象となる区域の一部又は全部を管理する者からの委託を受けて実施しようとする者を含む」とあるが,これは都道府県知事,地方公共団体等を指すことから,実施者は,基本的には従来の公共事業の主体を指すものと解される。また,第8条において,実施者が自然再生協議会を組織すること及び協議会において行う事務を規定しているが,資金力・組織力等に乏しいNPO等にそのような事務遂行ができるかは疑問である。第8条に規定された事務は,行政機関が行うことを想定しているとしか読めないのである。
  第4条には,「その他の民間の団体」とあり,企業をも含むものであるが,実際に事業者たりうるのは,資金力・組織力に勝るゼネコン,土建業者等であり,事実上,草の根のNPO等が実施者となることはほとんど考えられない。NPO等が主体となるとすれば,それは,行政機関やゼネコン等によって作られたり,あるいは支援を受けたNPO等であろう。そうだとすると,これまで,失われた地域の自然の再生に,固有のノウハウを基に努力してきた草の根NPO等は,自然再生事業の実施に実質的に関与することはできないこととなる。
  NPO等が実施者とはならずに自然再生事業に関与できるのは,自然再生協議会への参画のみが想定されているだけであり,現実的には,実施者が維持管理を委託する場合以外は自然再生事業に関与することはできない。
  また,自然再生協議会は,自然再生全体構想を作成することになっているが,自然再生実施計画については,「協議」するだけの役割・権限しか有せず,主体として実施計画を作成する立場にはない。
  これまで固有のノウハウを基に,失われた地域の自然の再生に努力してきた草の根のNPO等にとっては,却って今までの活動を阻害されかねない危険性すらある。草の根のNPO等が実施者と対等なパートナーとして参画する仕組みが必要である。
  NPO及び専門家の選定が,実施者に恣意的に行われることにより,これまで草の根で活動してきたNPO及び専門家が排除される危険性もある。官が実質的に支配するNPOが実施者の傀儡として作られたり,官僚の天下り先となるおそれも指摘されよう。
   ここに興味深い事例がある。茨城県が,湖沼法に基づく霞ヶ浦水質保全計画に関連し,平成9年度から平成13年度までに,市民団体(社団法人,NPO法人も含む)に委託した事業は,合計25事業に上るが,委託先は,たった4団体に集約される。霞ヶ浦の水質保全に関わる活動を行っている市民団体やNPOは,数多くあるにも関わらずである。委託先となった4団体は,茨城県が後押しをして設立した社団法人の他は,いずれも茨城県から職員が出向している団体であった。
  さらに,同じ地域内において,資金力・政治力等に勝る実施者の事業と草の根の活動とが競合した場合,後者が排除される可能性がある。なぜなら,本法には,自然保護の観点からはより劣ると考えられる実施計画が否定されるメカニズムが何ら存在しないからである。

(4)行政及び市民によるコントロールシステムの欠如
  本法によれば,実施者が「自然再生」事業であると主張すれば,それだけでこの法律上の「自然再生事業」となってしまう惧れがあり,そうだとすると,公平性・客観性が保たれず,問題が大きい。すなわち,法案では,実施者が,事業計画着手前に,客観的な調査結果に基づき,自然環境に資する事業であることを示す必要はない。また,自然再生事業それ自体は何らの許認可に服さず,自然再生事業と認定する制度がない。したがって,事前に,客観的,第三者的に当該自然再生事業が「自然環境を取り戻す」ことに資する事業なのか否か,判断する仕組みがない。
  さらに,その事業が「自然再生」に資するものであったか,事後的な評価システムもなく,司法審査に服することも,法文上は予定されていない。
  自然再生事業は,国土交通省・農林水産省・環境省の3省が定める「自然再生基本方針」の「自然再生事業実施計画の作成に関する基本的事項」に基づくとされているが,そもそも「基本方針」はその性質上抽象的なものとならざるを得ないし,指針に「基づいている」かどうかは実施者が判断することになる。しかも,その判断の根拠を公表する必要はない。その判断の誤りを指摘して事業を規制する仕組みもない。主務大臣は助言できるだけである。むしろ,「自然再生事業」が開発行為等の許認可行為事業を含む場合,主務大臣は,「自然再生事業が円滑かつ迅速に実施されるよう,適切な配慮をするものとする」とされており,問題のある事業に対する歯止めになるどころか,逆に,規制が緩和されうる仕組みとなっている。さらに,現在,環境影響評価法の適用を受ける事業についても,本法の成立を受けて,同法が改正されることにより,適用除外あるいは手続緩和がはかられる可能性があって,結果的に,環境影響評価法が骨抜きにされる危険すらある。
  また,「自然再生事業」とされたことに由来して個々の許認可行為がなされた場合,市民やNPO が個々の許認可行為の取消しを求めて訴訟を提起したとしても,「自然再生事業」であることを唯一の拠り所として,許認可行為が「適法」と評価される危険性がある。現在でも,自然環境保護訴訟における裁判所の対応の遅れが指摘されているが,本法の成立により,更にその「遅れ」が加速される惧れすらある。
  「自然再生事業」に関しては,市民やNPOの事前のチェックや,司法判断をも実質的に不要とする,いわばフリーパスの公共事業を創出する可能性も指摘されよう。

3 あるべき「自然環境再生法」の姿
  本来,地域の自然環境は,そこに棲息する野生生物を核に,固有のものであり,徒に手を入れることは,却って自然環境を破壊しかねない。そして,地域固有の自然環境を熟知し,再生のあり様,再生のやり方を熟知しているのは,草の根で活動してきた市民やNPO である。
  また,市民,NPOの行う活動については,その性質上,大規模かつ硬直的なものとはならないから,万一その方法が自然環境にとって適切でないことが事業実施中あるいは事業実施後に判明したとしても,自然環境に壊滅的なダメージを与えることはなく,方法の見直しや変更が容易である。
  現在,市民主導による公共事業として,茨城県・霞ヶ浦での「アサザプロジェクト」(NPO法人アサザ基金,国土交通省霞ヶ浦工事事務所等が共同して行っている,霞ヶ浦・北浦及びその流域の再生事業)の他,全国において,市民と行政が一体となった自然再生事業がいくつか開始されている。そこでは,地域の自然環境を熟知した市民やNPOが主導し,行政はいわば「後ろ盾」となって,地域固有の自然環境を保全,再生する活動がなされている。
  国は,そこに資金を出す等の方法で援助するのであればともかく,地域固有の自然環境を無視して,全国的,画一的かつ硬直的な手続や方法論,さらには自然再生のあり様・手法を押しつけるべきではない。
  本法案は,開発行為の免罪符となったり,また,草の根で活動してきた市民,NPOを実質的に排除し,地域固有の自然環境を無視して,全国的,画一的かつ硬直的な手続や方法論,さらには自然再生のあり様・手法を押しつけるおそれがある。
  真に自然環境の再生に資する法案を策定するのであれば,徹頭徹尾地域固有の自然環境を熟知し,再生のあり様,再生のやり方を熟知しているところの,草の根で活動してきた市民,NPOの活動をバックアップすることこそ,国民や時代が求めているところである。同時に,従来型の公共事業のあり方全体も根本的に見直されなければならない。
  こうした重要な問題がある以上,このような法案は,NPO等の活動実績をもとに,国会における議論を十分に積み重ねてから成立させるべきであると思料する。
 
以上
                        
本件に関する連絡先

        第二東京弁護士会 公害対策・環境保全委員会
                委員長浅井平三 03-3433-1004(エルム法律事務所)
                同委員会委員 朝倉淳也,坂元雅行,工藤一彦,関口佳織
                03-5521-1733(森の風法律事務所)


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